先輩社員インタビュー

製 造
チーフ
パン作りに向き、不向きはありません。
瀬川 洋司
2000年入社(キャリア)

ドンクに応募した理由は?

ドンクに入社する前は、菓子パンや惣菜パンがメインの大手製パンメーカーで働いていました。4年働いたところで、フランスパンや自家製発酵種(ルヴァン種)のパンに興味を持ち始めていた自分には、その会社では物足りなくなってきました。会社を辞め、技術と知識を深めるためにパン技術研究所で学ぶことにしました。3ヶ月のコースを受講し、卒業研究をパン・オ・ルヴァン、自家製発酵種を使ったハード系のパンに決めました。リサーチのためにパン・オ・ルヴァンを作っているパン屋を巡ったのですが、そこで自分の求めていたそのもののパンに出会いました。衝撃でした。それが青山にあったドンクのパン・オ・ルヴァン。次の職場はここだ!と決めて、さっそく電話しました。

入社してからどのような部署を経験しましたか

今は閉店しましたが、青山のドンクにまず配属され5年間。ここで製造チーフになりました。その後新規オープンの大宮店で1年半働き、池袋店のリニューアルに携わった後、2012年からここ日本橋店で勤務しています。

今のお仕事について教えてください

今はチーフとして店内の厨房で後輩とともにパンを焼く毎日です。パン作りはいろいろな要因、たとえば温度や湿度などで微妙な調整が必要です。365日、いつもパンのことを考えているといってもいいくらいですね。

ドンクで仕事をしてきて嬉しかったこと、やりがいを感じたことは?

それは、あの衝撃を受けたパン・オ・ルヴァンを作った先輩のもとで働けたことです。その先輩だけでなく、クープ・デュ・モンド(*1)の経験者や優れた技術を持つ先輩がたくさんいて、「こういうパンを作りたかった!」と思っていたものを、身近で学ぶことができました。
そして、2016年にいよいよ自分がクープ・デュ・モンドの世界大会に出場することになりました。大会を控えた今は正直なところ、不安しかありません。前回、落選したときには激しく落ち込み、翌日から今回の国内予選に照準を合わせてできることをやってきました。僕が担当するのはフランスパン部門の作品。パン・オ・ルヴァンも規定商品の一つです。今も記憶に残る15年前の衝撃の味を頭に思い浮かべながら、「今」を取り入れたパンで世界に挑戦します!

*1 クープ・デュ・モンド
1992年から始まったベーカリーのワールドカップで、現在は4年に1度、フランスで開催されている。限られた設備と材料の中で、規定の品目を8時間以内に仕上げ、その技術・スピード・芸術性を競う。

では仕事で苦労したこと、大変だった思い出はありますか?

まだ、これまでを振り返るほど成長していないと思っています。この15年間、ただひたすら走ってきた気がします。先輩のようにできない自分にうんざりする毎日。辞めたくなることもしばしばでした。でも、「自分はこの仕事に向いていない」とは思いませんでした。というか、この仕事に向き、不向きはないです。「できない」と思っても、人より500回多くやれば、できるようになるんです。おいしい香りが漂う店頭が表舞台なら、舞台裏の厨房は決して華やかな場ではありません。同じことを繰り返す毎日が続く、泥臭い場所なんです。でも、この泥臭さが楽しい! できないことが多いということは、できるようになることも多いんです。

ドンクのすごいところはどこでしょう?

やはり先輩に恵まれているところでしょうか。パン・オ・ルヴァンを教えてくれた青山時代の先輩もそうでしたが、見よう見まねで作ってすっぱくなったパン・オ・ルヴァンを「ルヴァンはただすっぱければいいってわけじゃないんだ」と、根気よく教えてくれました。それでもその意味がわかるまでには時間がかかりましたね。
先輩としての自分は口も悪いし、下の子たちについ「なんでできないの?」と言ってしまうこともあります。しかし、現場の子はみんなかわいい。腹が立っても、やっぱりできない子は特にかわいいものです。こんな自分でも会社はうまく采配して、育ててくれました。僕自身の働いている姿が後輩たちにとって、少しでも励みになればいいと思っています。

瀬川洋司さんのキャリア
入社前 製パンメーカーで勤務後、パン技術研究所で本格的な製パンを学ぶ
入社1年目 青山店*に配属  *現在は閉店
入社3年目 製造チーフに昇格
入社6年目 大宮店に異動
入社7年目 池袋店に異動
入社13年目 日本橋店に異動(現職)

※2015年10月時点のインタビュー内容

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