先輩社員インタビュー

エリア支援室
「技術を学ぶならドンク」という人は多いです。
茶山 寿人
1997年入社(新卒)

ドンクに応募した理由は?

2歳上の兄がパン職人だったのが大きなきっかけです。自分もパン職人になると決め、ではどこのパン屋で働こうかと思っていると、父親が「ドンクにしたら」と勧めてきました。父親の若い頃はフランスパンの一大ブームで、フランスパンがおいしいパン屋としてドンクが紹介されることが多かったんです。父もそういう名の知れた店ならいいだろうと考えたのでしょう。

入社してからどのような部署を経験しましたか

池袋店で5年、上野店で8年、新宿店に1年、2011年から今いる東京のエリア支援室に勤務しています。上野の職場で2年目を迎えるときに、製造の長であるチーフになりました。チーフの仕事はどの商品をどれだけ作るのか、そして品質の管理などをし、お客様に提供する商品に責任をもつことです。私の場合、一ヶ所に勤める期間が長かったのですが、新店立ち上げの手伝いなどで店外に出ることも多かったです。

今のお仕事について教えてください

支援室の仕事は担当エリア内の店舗の生産管理、品質チェック、原価や労務効率の管理、商品開発、新規出店の準備などです。東京エリアには約60店舗があり、私を含め3人で担当しています。

ドンクで仕事をしてきて嬉しかったこと、やりがいを感じたことは?

入社して3〜4年が経つと、製造の全工程で仕事ができるようになりました。この頃から社内コンペに自分で開発した商品を出すようになり、得意とするヴィエノワズリー(クロワッサンやデニッシュ、ブリオッシュなど)が評価されるようになりました。そして、「クープ・デュ・モンド」というパンのワールドカップがあることを知りました。フランスパン、ヴィエノワズリー、飾りパンの3部門で世界の人たちとパン技術を競う場で、ドンクからも毎回選手が出場しているというのです。目の前が開けたようで、俄然、やる気が出ました。
26歳のとき、さっそく挑戦しました。社内選考に通り、国内予選に進みましたが残念ながら落選。ですが先輩が日本代表に選ばれ、世界大会への切符を手にしました。そして30歳で2度目の挑戦。毎回ドンクから日本代表選手が出ていたのですが、この年あろうことか日本代表に社内から1人も選ばれないという事態に陥ってしまいました。そして3度目の挑戦、2016年世界大会の予選が2013年にありました。何がなんでもドンクから選手を出さなければなりません。1度目、2度目は「先輩が行くだろう」と、そんな甘い考えだったのかもしれません。でも、今回は育ててくれた会社のためにも自分が行かなければ!という強い思いがありました。その思いが実を結び、代表選手に選ばれることができました。いよいよ世界への挑戦です。ドンクから2名が出場します。ぜひいい結果を残したいです。

では仕事で苦労したこと、大変だった思い出はありますか?

18歳で入社した職人の世界は厳しいものでした。でも「これで食べていく!」と決めていましたから、がんばるしかありませんでした。できないことばかりで、パン作りが楽しくなったのも、ひと通りの工程ができるようになった入社4年目くらいだったと思います。

ドンクのすごいところはどこでしょう?

生地作りから焼き上げまでを店舗で行うスクラッチ製法がドンクのパン作りの特徴です。ドンクのパン作りはマニュアル化できない、職人ひとり、ひとりの感覚や感性によるところが多いのです。駆け出しの頃は、私も知識豊富な先輩に多くのことを学びました。人材育成に私たちは最も力を入れていて、研修も多く、チーフのための研修、店長のための研修、ミニクロワッサンの研修など、細かく実施しています。「技術を学ぶならドンク」と他社から転職してくる人も少なくありません。高校を出て入社した私にとって、根気よく育ててくれた会社は親のような存在だし、誇りに思っています。周りを見ても、自分みたいな「ドンク魂」を持った熱い人が多いのも、当社の特徴かもしれません。

茶山寿人さんのキャリア
入社前 高校を卒業
入社1年目 新卒入社。池袋店に配属
入社6年目 上野店に異動
入社8年目 製造チーフに昇格
入社14年目 新宿店に異動
入社15年目 東京エリア支援室に異動(現職)

※2015年10月時点のインタビュー内容

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